デス・オーバチュア
第265話「橙色のシエスタ」




「けっ、無意味に派手な消え方しやがって……行くぞ、ディアドラ!」
「あら、何処へ? ラストさんを追うの? それとも、皇牙ちゃんを捜……あ、待ってよ、ダルク〜」
ラスト・ベイバロンが消えると、ダルク・ハーケンとディアドラもさっさとその場を立ち去っていった。
そして、その場には一人の魔女と二体の人形姫だけが取り残される。
「ふう、いいように結界を無料で利用された気分ね……」
アリスが縮退扇をパチンと閉じると、周囲の空気が一変した。
結界が解け、世界が『通常』に戻ったのである。
「まあいいわ……自分の『家』を守ったとでも思うことにするわ……」
アリスは自分自身に言い聞かせるように呟くと、軽く嘆息した。
「確かに、この島が吹き飛んだら、あの空間も多少の影響を受けるかもしれんが……かなり無理のある解釈な気がするのう……」
セシアが少し意地悪く微笑する。
彼女達の家がある場所は、座標的にはこの島の上に存在するが、位相……次元的にはこの世界に存在してはいなかった。
つまり、先程までアリスが張っていた結界と同じような、ある意味別次元、別世界なのである。
「だって、あの人達から取り立てるのは面倒そうなんだもの……『貸し』だと思わないことするのが一番よ」
「ふん、怠け者が……」
「別にいいでしょう。さあ、もうさっさと帰って眠……あら、蘭華(ランファ)?」
アリスの前に姿を見せたのは、女ディーラーではなくタキシード姿の青年だった。
「それとも、フォートランと呼ぶべきかしら?」
「どちらなりとも……」
橙色(オレンジ)の髪と瞳をした長身の青年は、女主人(アリス)の前に跪く。
「嘘吐き、フォートランに戻るんでしょう?」
アリスは、従者(フォートラン)の嘘はお見通しとばかりにクスリと微笑った。
「はい……」
「で、行っちゃうわけだ?」
「はい……」
「ああ〜、あなたが居なくなると不便になるわね……着替えや歩くのが大変〜」
「…………」
「仕方ない……セシア、しばらくあなたが蘭華の代わりをしてね」
そう言って、アリスは自分を抱きかかえてくれているセシアに視線を向ける。
「なんじゃと!? 妾に侍女の真似事をしろと言うのか!?」
「今してくれているじゃない」
「ぬっ!?」
「抱っこ(代わりに歩く)と着せ替え(着替えの手伝い)……蘭華の後釜の人形ができるまでよろしね〜♪」
アリスはとても可愛く甘えた笑顔を浮かべた。
「ぬぬううう……」
その無垢な笑顔は、媚びた演技だと解っていても、セシアの庇護欲求を強く刺激してやまない。
「なんて悪質な奴じゃ……」
「単にセシアがアリスにデレデレなだけだと思うけどね……」
アリスとセシアのやりとりに、リセットが呆れたように嘆息した。
「では、『俺』はこれで……楽しい夢を見せてもらったよ……アリス……」
フォートランは立ち上がると、アリスに背中を向ける。
「……『昼寝(シエスタ)』は終わりってわけね……こちらこそ今まで助かったわ、あなたは最高の人形(従者)だった……」 
夢は現、現は夢、フォートランが眠っていた束の間の姿(夢)……それが蘭華という人形だった。
「本当に穏やかで優しい夢だった……だが、夢はいつか覚めるもの……目覚めた以上、現実(悪夢)へと帰るだけだ……」
フォートランはゆっくりと歩き出す。
「蘭華、いいえ、フォートラン……あなたは私によく仕え過ぎた、この過剰分……『借り』はいずれ必ず返すわ、『魔女』の名に賭けて……」
アリスは遠ざかっていくフォートランの背中に語りかけた。
「……『釣り』はいらないよ、アリス。君に与えられた安らぎは……こちらが『謝礼』を払いたいぐらいだ……ああ、駄目か? 今の俺は文無しだった……」
文無しという自分の立場が可笑しかったのか、フォートランは乾いた笑みを上げる。
「とにかく、あなたが嫌でも、泣こうが喚こうが、貸しは絶対に返させてもらうわ」
「やれやれ、お礼の押し売りかい?」
「……なんか、それ文法というか、言葉がおかしくない……?」
と言うリセットのツッコミは黙殺された。
「じゃあ、二週間後を楽しみに『生き残りなさい』、幸運のフォートラン」
「二週間後? ああ、そう言うことか……」
今から一週間後が祭りの開始日(始まり)、そして二週間後は祭りの最終日(終わり)である。
「その時、あなたはきっと私を必要とする……魔女(私)にしか叶えられない願いをあなたは抱くだろう……」
「フッ……魔女の予言か……?」
「そんなところよ。じゃあ、生きていたら二週間後に会いましょう」
「ああ、またな……」
フォートランは振り返らずに別れを告げると、森の中へと消えていった。
「…………」
リセットがフォートランの消えた森をじっと見つめている。
「どうしたの、リセット? まさか、フォートランが好きだったとか? だったら、別に彼(彼女)?についていってもいいのよ、私のお守りはセシアが……」
「違うわよ!」
「妾がお主の面倒を見るのは決定事項なのか!?」
勝手に納得しようとするアリスに、リセットは慌てて否定した。
「あら、そうなの? 残念……」
アリスは言葉通り、なぜか残念そうな顔をする。
ちなみに、セシアの質問というか非難の方は完全無視(スルー)だった。
「ただ……」
「ただ何?」
「…………」
(ただ、あの緋色の女がフォートランから逃げるようなタイミングで消えた気がしたのよね……)
リセットは言葉にすることなく、心の中でだけで呟く。
あまりにもありえないこと、馬鹿げた考えだと、自分でも思えたからだ。
「まあいいわ、じゃあ、そろそろ帰りましょうか……夜が明ける前にね……」
アリスはそれ以上詮索はせず、帰宅を希望する。
「うむ、そうじゃな、さっさと帰って寝直すとしよう」
「ええ、私も帰ってもう一仕事したら、また『眠り』につくことにするわ……」
「また、長の眠りに入るの?」
この主人がわざわざ眠りと宣言する睡眠は、一夜の眠りではなく、何ヶ月、何年、酷いときには何百年とひたすら眠り続ける『休眠期』のことだとリセットは知っていた。
「長くないわ、たった二週間ほどよ」
「それはまた半端な長さね……」
「出番が来るまで起きていてもすることないもの。下手に起きていると変なのに絡まれかねないしね……」
「変なのね……」
「ああ、心配しなくても私が眠っている間、あなた達は自由にしてていいわよ。その姿も保てるようにしてあげるから、祭り見物でもしてきたら?」
「祭りねえ……それもいいかもね」
「ええい! とにかくさっさと帰るぞ! 妾は眠い!」
セシアはアリスを抱えたままさっさと歩き出す。
「そうね、休暇の過ごし方は一眠りしてから考えても遅くないか」
森の中に消えていく二人(アリスとセシア)の後を追って、リセットは駆けだした。



森の中を桜色の疾風が駆け抜けていた。
「まったく、師匠のアル中ぶりにも困ったものですね」
疾風の正体は殲風院桜ことアンベルである。
アンベルは師のお使いで人里を目指しているところだった。
トックリが帰ってこず、家にも買い置きの酒がなかったため、日の出直前のこんな時間にも関わらず、酒を買いに人里まで下りるはめになってしまったのである。
あのアル中……もとい敬愛する師匠には、呑まずにさっさと寝てしまうという選択肢はないのだ。
師匠の酔いが完全に切れる前に、急いで戻らなければならない。
「到着〜……て、なんですかこれはっ!?」
予想外の人里の姿がアンベルを出迎えた。
寝静まった静寂の里を予想していたが、静寂は静寂でもあまりにも予想と違う静寂が里を支配している。
死体、死体、死体、死体、里を埋め尽くす死体の群……おそらく、里の全て人の間が死体に変わって転がっているのだろう。
山賊や獣の仕業ではないのは一目で解った。
建物などは被害が皆無で、死体も『綺麗』で、略奪や暴行の跡はまったくうかがえない。
そう綺麗なのだ……全ての死体は、左胸だけを貫かれていて、他にはかすり傷一つなかった。
「死神……?」
心臓(魂)だけを抜きさる残酷な死の神……あまりに無駄のない完璧な殺し方(仕事ぶり)から、そんなものをアンベルは連想してしまう。
「死神風情と我を一緒にするな」
アンベルの呟きに応える声があった。
「誰もいないと思ったんですけどね……」
声のした方に視線を向けると、そこには一人の女が居る。
欲望を司る緋色の女(ラスト・ベイバロン)、彼女は里で一番高い家の屋根の上に座り込み、右手でワイングラスを掲げていた。
ワイングラスの中には血のように赤い液体が少量だけ残っている。
「どちら様ですか? 死神さん? それともただの殺人鬼さんですか?」
「無礼な、我が名はラスト・ベイバロン、唯一無二の『神』だ!」
「……はあ、神様ですか? それはまた……」
アンベルはサングラス越しにラスト・ベイバロンを胡散臭げに見つめた。
自ら神を名乗るものほど胡散臭いものはない。
例えそのものが本物の『神』だったとしても、胡散臭いことには変わりなかった。
「見よ、この杯(さかずき)を……村一つ分の魂から絞り出してもこの程度の『血』にしかならん」
ラスト・ベイバロンは不満そうな表情で、ワイングラスを揺らしている。
「村一つ分の魂……血……やっぱりこの惨状はあなたの仕業ですか?」
姿を現した時から多分そうだとは思っていたが、今の発言からこの惨劇の犯人が彼女だと確信が強まった。
「ふん、塵はいくら集めて所詮塵だというとだな……これでは『贄』一つ分溜めるのに何万……いや、何億殺さなければならぬことか……」
ラスト・ベイバロンがワイングラスに接吻すると、中の液体が血の赤(ブラッドレッド)から赤葡萄酒のような濃い赤紫色(ワインレッド)に変色する。
「手品ですか?」
「この程度のことで神の御技と気取るつもりはないが、せめて魔術と言わんか……我は吸血鬼ではないのでな、生き血をそのまま貪る趣味はない……」
「はあ? 血をワインに変える能力とかですか?」
だとしたら、かなり便利で欲しい能力だなと、大酒飲みの師匠を持つアンベルは思った。
「正解だ」
「ああでも、葡萄酒(ワイン)オンリーだとしたらいまいちですね〜、師匠はなんだかんだ言いながら極東酒が一番好きみたいですし……」
「貴様……何の話をしている……?」
ブツブツと独り言を言っているアンベルを呆れたよう目で見ながら、ラスト・ベイバロンは残りのワインを一気に口へ含む。
「んっ……ぶっ、不味いっ!」
ラスト・ベイバロンはワイン……村一つ分の魂をペッと吐き出した。
「うわ……凄い『命』の無駄遣いですね……」
彼女の渇きを癒すためだけに無慈悲にも刈り取られ、あげく彼女の栄養になることすらなく、地へ吐き捨てられたのである。
ここまで無価値な死も、哀れな命(魂)も珍しかった。
「ちっ、わざわざ一つ一つ我が手で剔り取って集めたというのに……労働に見合わぬ報酬(味)だ!」
ラスト・ベイバロンは死ぬほど不快げに顔を歪めると、右手のワイングラスを握り潰す。
「短気な方ですね、アルコールよりカルシウムを取った方がいいですよ〜」
「ふん……」
アンベルの前に、ラスト・ベイバロンが降り立った。
「む、よく見れば……貴様人形か……?」
「ええ、守護人形のアンベルと申します〜」
この自称神様の緋色の女相手に正体隠しても何の意味もないので、アンベルはあっさりと本名を名乗る。
「ふん、機械仕掛けの人形か……いや、それにしては……いや、それこそ我には関係ないこと……」
ラスト・ベイバロンは疑問を持ち、それに対して勝手に納得をしてしまったようだ。
「はあ、まあ詮索されるのは好きじゃないので、そっちが勝手に納得してくれたならそれでいいですけどね……」
でも、何か自分も知らない自分の正体を見透かされているようで、ちょっと嫌な気分である。
「ふむ……神様を名乗るだけはある美貌ですね……」
お返しとばかりに、今度はアンベルがラスト・ベイバロンを値踏みするように注視した。
紫と緋色の衣で着飾った美女。
「ふん、事実は世辞にはならんぞ、人形」
アンベルは知らないことだが、ラスト・ベイバロンの体つきは、以前(白髪だった頃)の十六歳ぐらいの小柄な少女のものから、今では二十二歳ぐらいの豊満な大人の女性のものに変わっていた。
ラスト・ベイバロンにこの劇的な変化をもたらしたのはフレアの命(魂)である。
彼女一人の魂は、何万といった凡俗の魂と同等……あるいは凌駕する程の価値があった。
少なくともフレアの魂は、ラスト・ベイバロンに真の姿を取り戻されるだけの活力を与えたのである。
「ああっ! そういえばなんて非道いことするんですか!」
アンベルは突然何かを思い出したように叫んだ。 
「ん?」
「自らの渇きを癒すためだけに、罪のない里の人間を皆殺しにするなんて……」
怒りを堪えるように強く拳を握り締め、ラスト・ベイバロンによってもたらされた惨状を見回す。
「ふん、我の非道が許せないとでも言……」
「お酒が買えないじゃないですか! どうしてくれるんですか!?」
「…………」
「師匠の酔いが完全に醒めたら、そりゃもう大変なことになるんですよ! 解っているんですか!? この世の終……」
「酒でも食料でも勝手に持っていけばよかろう、取り放題だぞ……」
「え?……ああ!」
ラスト・ベイバロンの提案に、アンベルはポンッと手を打った。
「そうですね、その手がありましたね! まったくなんで気づかなかったんでしょう?」
「…………」
アンベルはラスト・ベイバロンのアイディアに、盲点だった、気づかなかった、それは名案だと、しきりに感心しているようである。
それが本気なのか、ふざけているのか、ラスト・ベイバロンには判断がつかない。
「泥棒猫!?」
突然、アンベルでもラスト・ベイバロンでもない第三者の声が辺りに響いた。



アリス達が去り、誰もいなくなったはずの場所に、置き忘れられているモノがあった。
意識を失っているフレイアである。
ラスト・ベイバロンが奪い去ったのはあくまでフレアの命(魂)だけであり、左胸を貫かれながらもフレイア……というか彼女達の共有の体はまだ生きていた。
『うふふふっ、うふふふふふふふふ……』
いやらしい女の笑い声と共に、一匹の黒き蝶が姿を現す。
『アリスちゃんのお馬鹿さぁん〜』
黒い蝶はフレイアの体の上に舞い降りた。
『あんなに必死にディーンの目から隠していたくせに、忘れていくなんて……ほぉんとどうしょうもないお馬鹿さんねぇ〜』
黒死蝶から聞こえてくる声はセレナ・セレナーデのものである。
『さぁ、どうしようかしら〜?』
ここに居る黒死蝶は、セレナと同じ声と人格を有しているが、セレナ本人ではなくあくまで彼女の使い魔……分身だった。
分身はセレナならこう決断するだろうという答えを導き出す。
『うふふふふふっ、決めたぁ〜。ここはディーンに意地悪して、魔女に恩を売ることにしましょう。だぁって、その方が面白くなりそうですもの……うふっ、うふふふふふふふふっ!』
哄笑を響かせながら、黒死蝶はフレイアと共にその場から掻き消えていった。










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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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